物心ついた時にはすでに私の世界は黒い悪魔に対する恐怖で塗りつぶされていました。多くの人が彼らを単に不潔で気持ち悪い存在として忌み嫌うのとは異なり私にとって彼らは生命を脅かす怪物そのものでありその姿を見ることはおろか名前を聞くだけで心臓が早鐘を打ち冷や汗が背中を伝うほどのパニック状態に陥ってしまいます。医学的にはカツァリダフォビアと呼ばれるこの特異的恐怖症は私の日常生活に数え切れないほどの制約と苦痛をもたらしており夏場になっても窓を開けて風を通すことなど夢のまた夢でわずかな隙間さえあれば奴らが侵入してくるのではないかという強迫観念に囚われ換気扇や排水口には厳重なフィルターを何重にも張り巡らせています。夜中に喉が渇いてもキッチンに行くことすら命がけのミッションであり暗闇の中で何かが動く気配を感じればその場から動けなくなり朝が来るまで布団の中で震え続けることも珍しくありません。周囲の人々は「たかが虫だろう」「人間の方が大きいのだから怖がる必要はない」と笑い飛ばしますが理屈で感情をコントロールできるなら誰も苦労はしないのです。彼らの予測不能な動きや黒光りする体そして何よりもこちらのテリトリーに土足で踏み込んでくる図々しさが私の精神を極限まで追い詰め安全であるはずの自宅がいつ襲われるかわからない戦場のように感じられて心が休まる暇がありません。この恐怖症のせいで一人暮らしを始める際も物件選びの基準は「いかに出ないか」が最優先となり新築の高層マンションの最上階を選んだにもかかわらず引越しの初日にバルコニーで死骸を見つけた時の絶望感は筆舌に尽くしがたいものでした。それ以来私は部屋の中に彼らが好む段ボールや紙類を一切置かず生ゴミは冷凍庫で凍らせて処分の時まで密封し外部からの侵入経路を徹底的に塞ぐという要塞のような生活を送っていますがそれでもふとした瞬間に視界の端を黒い影がよぎるような幻覚に襲われることがありその度に心臓が止まるような思いをしています。この病的な恐怖は決して甘えや弱さではなく脳が過剰に防衛反応を示している状態なのだと自分に言い聞かせながら今日も私は見えない敵への恐怖と戦い続けています。