あれは秋の気配が深まり肌寒さを感じ始めた十月の夜のことでしたが私は衣替えをするためにクローゼットの奥深くにしまっていた夏物の服が入った段ボール収納を取り出すことにしました。その箱は引っ越しの時に使ったものをそのまま流用しておりガムテープで封をしてから一度も開けずに二年以上も放置していたものでした。「そろそろ整理しないとな」という軽い気持ちでカッターナイフを走らせ蓋を開けた瞬間鼻をつくようなカビ臭い湿った空気が漂ってきました。そして次の瞬間私の視界に入ってきたのは白いTシャツの上に点々と散らばる黒い粒のような汚れでした。「なんだろう」と思いながら手を伸ばし一番上の服を持ち上げた時です。その下から黒光りする親指ほどの大きさのゴキブリが猛スピードで飛び出し私の手の上を駆け抜けていったのです。私はあまりの恐怖と衝撃に言葉にならない悲鳴を上げ尻餅をつきながら後ずさりしました。心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動し全身から冷や汗が噴き出しましたが恐怖はそれだけでは終わりませんでした。勇気を振り絞って箱の中を覗き込むと底の方には無数の黒い粒つまり彼らの糞が散乱しておりさらに箱の隅には小豆のような形をした卵鞘がいくつもこびりついているのが見えたのです。それはまさに地獄絵図でした。保温性が高く湿気を吸い込んだ段ボール収納の中で彼らは誰にも邪魔されることなく繁殖し私の大切な衣服を寝床にして世代交代を繰り返していたのです。お気に入りのワンピースも虫食いの穴が開き糞尿によるシミがついて使い物にならなくなっていました。私は泣きながらその箱をガムテープでぐるぐる巻きにしそのままゴミ捨て場へと運びました。その夜は恐怖で一睡もできず部屋中の段ボールという段ボールを全て処分せずにはいられませんでした。このおぞましい体験を通じて私は「たかが箱」という油断がどれほどの代償を払うことになるかを痛感しました。それ以来私は収納には必ずプラスチック製のケースを使用し段ボールは荷物が届いたその瞬間に処分することを鉄の掟としています。あの時の手の上を走った感触と箱の中の惨状は今でもトラウマとして私の記憶に焼き付いており二度と同じ過ちを犯さないための戒めとなっているのです。