「前の住人が退去した後にクリーニングが入っているはずだし高層階だから虫なんて来ないだろう」という楽観的な予測に基づき引越しバルサンは必要ないと判断した私がその甘い考えを激しく後悔することになったのは荷解きもまだ終わらない引越し三日目の夜のことでした。新居での新しい生活に胸を躍らせ疲れ切った体で布団に入ろうと電気を消したその瞬間カサカサという微かですが不吉な音が部屋の隅から聞こえてきたのです。慌てて電気をつけるとそこには壁を這う黒い影があり私はあまりの恐怖に悲鳴を上げることもできずただ凍りつきました。それは紛れもなくゴキブリでありしかも丸々と太った成虫でした。その瞬間私の頭の中を駆け巡ったのは「なぜ入居前にバルサンをしなかったのか」という激しい自責の念でした。家具やダンボールが山積みになった今の状態で燻煙剤を焚くことは不可能です。火災報知器を養生するために脚立を立てるスペースもなく食器や衣類を全て袋詰めにする気力も体力も残っていません。何より燻煙剤を使った後にこの大量の荷物の裏側に隠れた死骸を探し出し掃除機をかけることを想像するだけで気が遠くなります。入居前の何もない空っぽの部屋であればボタン一つ押して数時間外出すれば済んだ話でありその後の掃除もクイックルワイパー一度で終わっていたはずなのです。結局その夜は殺虫スプレー片手に徹夜の攻防戦を強いられ翌日からの仕事にも支障をきたすことになりました。さらに悪いことに一匹いるということは他にもいる可能性が高くその疑心暗鬼は私の新生活を恐怖のどん底に突き落としました。夜中にトイレに行くのさえ怖くなり少しの物音にも敏感に反応してしまう日々が続き「あの時数千円と数時間を惜しまなければこの恐怖はなかったかもしれない」という後悔は数ヶ月間消えることはありませんでした。この体験から言えることは「必要ない」という判断はあくまで結果論であり万が一のリスクを回避するための保険としてバルサンは絶対にやっておくべき通過儀礼だということです。
引越しバルサン必要ない派が泣いた夜の悲劇