あれは湿度の高い夏の夜のことでしたが、寝室のドアを開けた瞬間に黒い物体がササッと動くのを見てしまい、その日から私の「寝室にゴキブリが出たせいで寝れない」という孤独な戦いが始まりました。退治しようと殺虫剤を取りに行った数秒の間に奴は消えており、その夜はベッドの下、クローゼットの隙間、カーテンの裏など、あらゆる場所に奴の気配を感じて一睡もできませんでした。翌日から私は寝室を要塞化するプロジェクトに着手しました。まず行ったのは「隙間埋め」です。巾木と床の間のわずかな隙間、エアコンの配管穴、窓のサッシなど、侵入経路となり得る全ての穴をマスキングテープやパテで塞ぎました。次に、ベッドの脚にはツルツルした素材のテープを巻き、さらにその周りにゴキブリがいなくなるスプレーを噴射して「結界」を作りました。寝具も全て洗い、奴らが好む匂いを徹底的に排除するために、部屋中の掃除を行いました。しかし、物理的な対策だけでは心の平穏は戻りませんでした。布団に入ると天井のシミがゴキブリに見えたり、自分の髪の毛が肌に触れただけで飛び起きたりする日々が続きました。そこで導入したのが「蚊帳」です。底付きの蚊帳をベッドの上に設置し、その中に引きこもることで、ようやく私は「物理的に遮断された安全な空間」を手に入れることができました。蚊帳の中は私だけのサンクチュアリであり、そこに入れば奴らがどんなに部屋の中を徘徊していようと関係ないと思えるようになったのです。さらに、枕元には懐中電灯と殺虫剤を常備し、万が一の遭遇戦に備えることで、「やられる前にやる」という自信を持つようにしました。こうして数週間が経ち、毒餌剤の効果もあってか奴の姿を見ることはなくなりましたが、あの時の恐怖は私の防衛意識を根底から変えました。今では寝る前の安全確認がルーチンとなり、少しでも不安があれば蚊帳を展開して眠るというスタイルが定着しました。ゴキブリが出たという事実は変えられませんが、環境を変え、装備を整えることで、安眠は勝ち取ることができるのです。