佐藤さんという家族が暮らす、都内の閑静な住宅街にある一軒家での出来事です。ある初夏の午後、お母さんは洗面所の鏡の端に、小さな、まるでおもちゃのような形をした虫を見つけました。最初は一匹だけだったので気にも留めませんでしたが、翌日にはお風呂場に二匹、さらに数日後にはトイレの壁に三匹と、まるで家の中に案内図でもあるかのように、特定の場所にだけ姿を見せるようになりました。お母さんは、この小さな訪問者たちが、いったいどこから迷い込んできたのか、不思議でなりませんでした。子供たちは「どこかの隙間から冒険してきたんじゃない?」と面白がっていましたが、お母さんにとっては、清潔にしているはずの家の中に虫がいることが、どうにも我慢ならない悩みとなりました。ある日、お父さんが本格的な調査を開始しました。懐中電灯を片手に、まずはお風呂場の排水口を開け、次に洗面台の下を覗き込みました。しかし、どこもピカピカに掃除されており、虫が湧くような場所は見当たりません。次に疑ったのは、夜の間に網戸を通り抜けてくるのではないかという説です。しかし、窓をすべて閉め切って一晩過ごしてみても、朝にはやはり数匹のチョウバエが壁で休んでいました。お父さんはふと思い立ち、洗濯機の排水パンを覗き込んでみました。そこは、普段重たい洗濯機に隠れて、お母さんの掃除の手も届かない場所でした。お父さんが洗濯機を少し動かしてみると、そこには埃にまみれた、少し湿った汚れが溜まっていました。そして、排水ホースが床の穴に入る部分のゴムの蓋が、少しだけずれているのを見つけたのです。その隙間から、湿ったような、土のような独特の匂いが漂っていました。そこが、彼らの「秘密の入り口」でした。下水管のどこかで生まれたチョウバエたちが、暗い管を延々と旅してきて、このわずかな隙間から佐藤さんの家へと冒険に繰り出していたのです。お父さんがその隙間を専用のテープできっちりと塞ぎ、溜まっていた汚れを綺麗に拭き取ると、あんなに不思議だったチョウバエの訪問は、嘘のようにぱったりと止まりました。お母さんは、虫たちがどこから来ていたのかが分かり、ようやく心の底から安心することができました。あの小さな虫たちは、佐藤さん一家に「ここに隙間があるよ、掃除を忘れているよ」と教えに来てくれた、ちょっとおせっかいな伝道師だったのかもしれません。今では、佐藤さんの家では季節の変わり目になると、家族全員で洗濯機の下や排水口の奥を点検するのが、楽しい恒例行事となっています。
ある家庭のチョウバエはどこから迷い込んだのか観察の物語