それは九月の晴れた日の午後、私が庭の草むしりをしていた時のことでした。突然、耳元で重低音の羽音が響き、顔のすぐ近くを一匹のスズメバチが横切りました。これまでに何度もハチを見かけることはありましたが、その日はあまりの近さにパニックになり、持っていた軍手でとっさにハチを叩き落としてしまいました。地面に落ちて動かなくなったハチを見て、一瞬だけ勝利したような、安心したような気持ちになったのを覚えています。しかし、その直後から周囲の空気が一変しました。数分もしないうちに、どこからともなく別のハチが二匹、三匹と現れ、私の周りを激しく飛び回り始めたのです。最初は偶然かと思いましたが、ハチたちの動きは明らかに異常でした。偵察のようなのんびりしたものではなく、羽音も先ほどより鋭く、私に向かって威嚇するように突っ込んでくるのです。恐怖で動けずにいると、さらに数が増え、庭のあちこちからハチが集まってくるのが分かりました。私は慌てて家の中に逃げ込み、窓を閉め切りましたが、ハチたちはしばらくの間、窓ガラスを叩くように激しく体当たりを繰り返していました。後で調べて知ったのですが、私が最初の一匹を叩き潰した瞬間に、そのハチから仲間に危険を知らせる警報フェロモンが放出されていたのです。その匂いは人間には全く分かりませんが、ハチたちにとっては強力な集合合図となり、近くにあった巣から仲間が救援に駆けつけたというわけでした。私が手に持っていた軍手や衣服にはその匂いが付着していたため、ハチたちは私を明確な「敵」として認識し、執拗に攻撃を仕掛けてきたのだと理解しました。もしあのまま外に居続けたら、何十箇所も刺されていたかもしれないと思うと、今でも背筋が凍るような思いがします。一匹を殺せば終わると思っていた自分の無知が、これほどまでに恐ろしい状況を招くとは想像もしていませんでした。それ以来、庭でハチを見かけても、決して手を出すことはありません。ハチを見つけたら静かにその場を去り、彼らを刺激しないことが自分自身の身を守るための鉄則であることを、身をもって学びました。あの日、地面で死んでいた一匹のハチは、私にとって大きな教訓を遺していったのです。ハチとの共存、あるいは適切な距離感がいかに重要であるかを、痛烈な恐怖とともに思い知らされた夏の日の出来事でした。