それは、寝苦しい夏の夜のことでした。冷たい飲み物を飲もうと、私は寝室からぼんやりとした足取りでキッチンへ向かいました。電気をつけた瞬間、私の眠気は一瞬で吹き飛び、全身が凍りつきました。シンクの縁に、私の親指ほどもある巨大な黒い影がいたのです。ゴキブリ。その単語が頭に浮かぶと同時に、私は声にならない悲鳴を上げ、後ずさりしました。奴は私の気配に気づいたのか、カサカサという、この世で最も聞きたくない音を立てて、猛スピードで冷蔵庫の裏へと姿を消しました。心臓はバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝います。もうダメだ、この家には住めない。本気でそう思いました。しかし、このまま奴を放置して、またいつか不意に遭遇する恐怖に怯えながら眠りにつくことなど、到底できそうにありません。私は震える手で、戸棚の奥から一本の殺虫スプレーを握りしめました。武器を手にしたことで、少しだけ勇気が湧いてきました。私は息を殺し、そっと冷蔵庫の横に回り込み、暗い隙間を覗き込みました。いました。奴は壁に張り付いて、長い触角を揺らしています。私は覚悟を決め、スプレーのノズルを奴に向け、渾身の力でボタンを押し続けました。白い霧が噴射され、薬剤の匂いが立ち込めます。奴は苦し紛れに隙間から飛び出し、床を狂ったように走り回りました。私も半狂乱でそれを追いかけ、スプレーを噴射し続けます。数秒が永遠のように感じられる死闘の末、ついに奴の動きが止まりました。私は肩で息をしながら、ひっくり返って動かなくなった奴を呆然と見つめていました。勝利したはずなのに、達成感など微塵もありません。あるのは、ただただ深い疲労感と、後処理という最大の難関への憂鬱な気持ちだけでした。あの夜以来、私はゴキブリ対策の鬼と化しました。二度とあんな死闘は繰り広げたくない。その一心で、私は今日も家の清潔を保ち続けています。